ミュージカル&音楽映画の歴史と2010年代の注目作
文:小玉大輔
音楽は最良のパートナー
無声映画時代、音楽は台詞や効果音の代わりを務めていました。ある時はバイオリンの甘美な調べが登場人物の想いを伝え、ある時は力強いピアノの鍵盤捌きが列車の音を表現しました。その始まりから映画と音楽は切っても切れない関係にあったのです。
1927年、世界最初の音声付き映画として製作された『ジャズ・シンガー』は、歌って踊るエンターティナーを主人公にしたものでした。
それから100年近く経った現在、映画と音楽の関係はより密接になっています。この10年だけでもミュージカル映画や音楽アーティストを主人公にした伝記映画が数多く製作されています。そんな中から必見作や異色作をピックアップしてご紹介しましょう。
『ジャズ・シンガー』
それは映画のために作られた
1930〜1950年代のミュージカル映画は舞台の映画化ではなく、映画のために作られたオリジナルが主流でした。その中核をなしたのは『オズの魔法使』(39)、『雨に唄えば』(52)など名作ミュージカルを数多く製作したメトロ・ゴールドウィン・メイヤー・スタジオ(MGM)です。
このシネマ・ミュージカルの伝統を21世紀に蘇らせたのが『ラ・ラ・ランド』(2016)。現代のロスを舞台に売れない女優とジャズ・アーティストの一年間の恋を描き、アカデミー賞の監督賞を含む6部門を獲得しました。カラフルな色彩とヨーロピアン・ジャズ・テイストなサウンドが溢れるビター&スウィートな物語に心掴まれること確実です。特に冒頭の高速道路での大乱舞はミュージカル映画史に残る名シーンとして長く語り継がれることでしょう。実はこのシーン、主人公二人が登場しないことを理由に危うくカットされかけたというから驚きです。
『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞歌曲賞を獲得したベンジ・パセック&ジャスティン・ポールが続いて放ったシネマ・ミュージカルが『グレイテスト・ショーマン』(2017)です。19世紀半ばに活躍した興行師P・T・バーナムの半生を虚実ないまぜに描いた本作は、当初、批評家から賛否両論でしたが、口コミで人気が広がり大ヒット。日本では、キアラ・セトルが歌う最も印象的な歌曲「ディス・イズ・ミー」がビールのCMソングに使われ、映画を観ていない人にも知られるようになりました。
『ラ・ラ・ランド』
『グレイテスト・ショーマン』
舞台からスクリーンへ
1960年代に入ると、映画オリジナルではなく、舞台の映画化がミュージカルの主流になります。『ウエスト・サイド物語』(61)、『マイ・フェア・レディ』(64)、『サウンド・オブ・ミュージック』(65)、『オリバー!』(68)の4本がアカデミー賞作品賞を受賞したのです。これらの成功を受けて、ハリウッドは勿論、イギリスでも舞台ミュージカルが映画化されていきます。しかし多くは興行的に失敗してしまい、ブームは収束。1970年代以降、舞台ミュージカルの映画化は『屋根の上のバイオリン弾き』(71)、『キャバレー』(72)、『ロッキー・ホラー・ショー』(75)、『グリース』(78)、『ウィズ』(78)、『ヘアー』(79)、『アニー』(82)、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(86)などがポツポツと製作されるだけという低迷期を迎えます。
その中で唯一人気を得ていたのがアンドリュー・ロイド=ウェバーです。作曲した舞台ミュージカルはいずれも大ヒットし、日本では劇団四季によって日本語版が上演されました。彼の作品の中で、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(73)、『エビータ』(96)、『オペラ座の怪人』(2004)が映画化され、特にロイド=ウェバーが自費を投じた『オペラ座の怪人』は日本だけで製作費7千万ドルの半分を稼ぐ大ヒットを記録。少なくとも日本だけは舞台ミュージカルの映画化作品の人気が深く静かに続いていたようです。
『ジーザス・クライスト・スーパースター』
『オペラ座の怪人』
ミュージカル・リバイバル
2002年、『シカゴ』がミュージカル映画として34年ぶりにアカデミー賞作品賞を受賞すると、ハリウッドで舞台の映画化ブームが再燃します。『RENT』(2005)、『プロデューサーズ』(2005)、『ドリームガールズ』(2006)、『ヘアスプレー』(2007)、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007)などの有名作が次々と映画化されていきます。
2012年、満を持して『レ・ミゼラブル』が映画化されます。本作でミュージカル映画史初の試みが行われました。これまで、ミュージカル映画の歌唱シーンは事前に歌を録音し、出演者の口パクを撮影するのが一般的でしたが、本作ではカメラが回ると出演者が実際に唄い、同時録音するという撮影方法が取られたのです。このため本作の歌唱シーンには他に類を見ない臨場感が生まれました。中でもやつれた姿をクローズアップでさらしたアン・ハサウェイが熱唱する「夢やぶれて」は圧倒的な迫力。アカデミー賞助演女優賞獲得も納得です。
2019年、『レ・ミゼラブル』の監督トム・フーパーがロイド=ウェバー・ミュージカル最大のヒット作に挑みます。『キャッツ』です。ところが舞台なら違和感のなかった猫の扮装が映画になるととてもグロテスクに見えてしまいました。結果、興行は大ゴケし、批評は最悪。とは言え『ドリームガールズ』でアカデミー賞を受賞したジェニファー・ハドソンが名曲「メモリー」を歌うシーンは素晴らしいですし、猫人間と化した有名スターの姿は生涯忘れられないインパクトがありますから、今後、本作はカルト映画として再評価されるかもしれません。
その後、舞台ミュージカルは『イン・ザ・ハイツ』(2021)、『ディア・エヴァン・ハンセン』(2021)が映画化され、2022年にはあのスティーブン・スピルバーグが監督した『ウエスト・サイド・ストーリー』が公開され、絶賛されました。まだまだ舞台ミュージカルから目が離せません。
『シカゴ』
『レ・ミゼラブル』
『キャッツ』
みんなで歌おう、既成曲
ミュージカル映画の良し悪しの基準のひとつは、観終わった後に劇中の歌を口ずさめるかどうかです。世に名作と言われる作品を思い起こすと、必ず記憶に残るメロディがあります。しかしそう狙い通りに毎回作れるものではありません。ならば既に誰もが覚えている歌を使ったミュージカルを作れば成功間違いなしじゃない?というアイディアから生まれた(かもしれない)のが既成曲ミュージカルです。
有名な作品にはスウェーデンのポップ・グループ、ABBAの歌曲を使った『マンマ・ミーア!』(2008)と『マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー』(2018)の二部作、ビートルズの歌33曲を使った『アクロス・ザ・ユニバース』(2007)、80年代ロックを使った『ロック・オブ・エイジズ』(2012)、他にジャズ、ディスコのスタンダード・ナンバーから最新ヒット曲が流れるアニメ『SING/シング』(2016)があります。
既成曲ミュージカルで興味深いのはミュージカルとは無縁と思われているスターたちが出演していることです。『マンマ・ミーア!』ではアカデミー賞最多ノミネート回数を誇る大女優メリル・ストリープと、5代目007のピアース・ブロスナンらが、『ロック・オブ・エイジズ』ではトム・クルーズらが、『SING/シング』ではスカーレット・ヨハンソン、リース・ウィザースプーンらが自慢の喉を披露します。本職のミュージカル俳優の歌声にはさすがに劣るものの“スターかくし芸大会”を見ているような豪華さで得した気分になれます。
実は“スターのど自慢大会”のような既成曲ミュージカルは日本にも派生していて、『愛と誠』(2012)、『ダンスウィズミー』(2019)が作られています。面白いのは二作共、歌われるのが昭和歌謡ということです。前者では妻夫木聡、武井咲、斎藤工、安藤サクラらがそれぞれ、西城秀樹や藤圭子などの懐かしいヒットソングをフル・コーラスで熱唱、後者では三吉彩花が山本リンダの「狙いうち」を歌い踊っています。
既成曲ミュージカルの一番の変わり種といったら『イエスタデイ』(2019)でしょう。これはビートルズがいない世界に迷い込んだミュージシャンのお話です。そんなところに来たらやることはひとつ。そうです、ビートルズの歌を自作として発表することです。本作を観てつくづく思うのは、暗譜の大切さ。いつモーツァルトやドビュッシーがいない世界に転生するかもしれませんからね。
『マンマ・ミーア!』
『SING/シング』
『愛と誠』
まさか!のミュージカル
ミュージカルと相性が良いのは恋物語やおとぎ話。けれど時折、とんでもない物語がミュージカルになることがあります。そこで異色ミュージカル三作をご紹介しましょう。
まずは、香港の商社を舞台に愛と欲望渦巻く『香港、華麗なるオフィス・ライフ』(2015)。早い話が歌って踊る『半沢直樹』です。演劇のように抽象化されたお洒落なセットと広東語の歌曲は見もの、聴きもの。お次はゾンビが大量発生した世界でサバイバルする高校生たちを描いた『アナと世界の終り』(2017)。青春ミュージカルと残酷ホラーの夢の合体です。歌い踊りながらゾンビを倒すシーンは今までにない斬新さ。最後は『愛と銃弾』(2017)。こちらはギャング・アクションとミュージカルを融合させたイタリア映画。ヴェリズモ・オペラの伝統を受け継いで、愛に生きる殺し屋とマフィアの死闘が展開します。ヒロインの熱唱が流れる中での銃撃戦は圧巻の見せ場になっています。
『香港、華麗なるオフィス・ライフ』
事実か? 伝説か?
ところでお気に入りの歌や曲があると、歌ったシンガー、演奏したミュージシャン、作曲家に興味が沸きますよね。そんなニーズに応えるため昔から数多くの伝記映画が作られてきました。ジョージ・ガーシュウィンを描いた『アメリカ交響楽』(45)やビッグバンド・ジャズの大立者を描いた『グレン・ミラー物語』(54)など、往年の名作が有名です。現在でもR&Bのゴッドファーザーを描いた『ジェームス・ブラウン 最高の魂を持つ男』(2014)、男性コーラス・グループを描いた『ジャージー・ボーイズ』(2014)、カントリー音楽の巨人を描いた『アイ・ソー・ザ・ライト』(2015)、ソウルの女王を描いた『リスペクト』(2021)など続々と製作されています。
この中の変わり種は世界で最も成功したソロ・アーティスト、エルトン・ジョンの半生を描いた『ロケットマン』(2019)です。ミュージカル仕立てになっていて、エルトン・ジョンが作った歌曲を登場人物たちが“自らの心の声”として歌い上げます。
そして近年最高の伝記映画と言えば『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)です。ロック・バンド、クイーンのリード・ヴォーカル、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた本作は伝記映画最大のヒット作になりました。全編を彩るクイーンのヒット曲も耳に心地よいのですが、何と言ってもフレディがライヴエイドのステージで“RADIO GA GA”を熱唱するクライマックスは最高の盛り上がりを見せます。映画を観るまでクイーンを聴いたことがなかった人でも感動の涙で頬を濡らすことでしょう。
伝記映画にはクラシック音楽の作曲家を描いた作品もあります。その中で強くお薦めしたいのは『剣の舞 我が心の旋律』(2019)。主人公はアラム・ハチャトゥリアン。名曲「剣の舞」が生まれた背景を描きつつ、あのメロディに秘められたハチャトゥリアンのルーツであるアルメニア人の哀しい歴史を明かしていきます。本作を観れば、「剣の舞」を演奏する時も聴く時も心構えが変わることは確実です。
ところで伝記映画は「史実と違う」と批判されがちです。しかし劇映画は歴史ドキュメンタリーではありません。作り手の解釈や願望によって史実を再構築しても構わないのです。そうすることで史実は伝説に昇華され、大きな感動を生むのです。西部劇『リバティ・バランスを射った男』(62)の劇中に「伝説と真実が違った時には、伝説を残すべき」という台詞がありましたが、この言葉は全ての伝記映画を言い表していると思います。
事実のみを取り上げるドキュメンタリーと言えば、是非、お薦めしたい作品があります。『すばらしき映画音楽たち』(2016)です。この映画を観れば、歴史や意義、作曲の構想から録音、完成まで、映画音楽のすべてを知ることが出来ます。特に興味深いのは演奏者たちです。楽譜を貰ったその日に完璧な演奏を行うプロ中のプロの姿をとくとご覧あれ。
『ロケットマン』
『ボヘミアン・ラプソディ』
『すばらしき映画音楽たち』
さていかがだったでしょうか。今回は2010年代の作品を中心にご紹介しましたが、他の時代にもお薦め作はたくさんあります。それはまた別の機会に。
小玉大輔●Profile
映画相談人。第2代WOWOW映画王。フジテレビ『映画の達人』達人決定戦優勝。キネマ旬報社「映画検定」1級。『キネマ旬報』、ブルーレイ/DVDライナー等執筆。
Twitter:小玉大輔@eigaoh2 https://twitter.com/eigaoh2
著書同人誌『刑事映画クロニクル①興隆篇』https://macleod.shop-pro.jp/?pid=155973438
配信時代のPDF映画マガジン『月刊ワールド通信』主筆 https://www.macleod.jp/2203/
好きなミュージカル&音楽映画は『ジーザス・クライスト・スーパースター』『グリース』『オール・ザット・ジャズ』。映画音楽の巨匠、ジェリー・ゴールドスミス御大の来日コンサートに行けたことはいい思い出です。